考える場所

ココロとカラダ、思考する全部

この時、この場、この事態を生きる

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この時、この場、この事態は無限の可能性を秘めている。進退を決めるような大きな選択から、朝何時に起きるというような小さな選択まで。または、自分の選択でなくても事態は動くだろう。

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可能性は目に見えることがない。観測できたときにはすでに、この事態、この場、この時になっているから。目に見えるのは可能性が成った結果としての事態なのだ。

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この事態にいくつもの可能性のうちひとつが成って、また別の、"この事態" に至る。そこには力のようなものがはたらいているだろう。その力に導かれて可能性は成る。

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ならば、力をはたらかせなければ事態は安定するか。それはないだろう。まず力は自分の意図を超えて、外の環境から与えられてしまう。これを防ぐことはできない。このとき、その力によって動かされた結果に応じて、内なる力もまたはたらく。人の感じ方は脆い。傾向性に従って動き出してしまう。効率や安易さが与えてくれる力は麻薬のように強く、中毒性のあるものだ。意図として力をはたらかせなければ、ある弱さの向きへ加速してしまう。

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だから強い力が必要だ。信念、信仰、希望、願望、意志、道徳心、正義心、良心。言葉はいろいろあるが、総じて己を律する心であろう。それくらいでいてようやく釣り合いがとれる。

ただし、現実の問題である。物理で「ただし摩擦は無視できるくらい小さいものとする」ような問題ではない。ベクトルを足し合わせた力の合成が計算できるわけではない。それでも力ははたらき、事態は動く。だからこの時、この場、この事態を生きる。考えて生きる。

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