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傲慢なリーダーシップ

チームを活性化させるにはどうしたらいいんだろう、部下を自走できる人材にするにはどう関わったらいいんだろう。リーダーシップやチームマネージメントに関わる情報は、本屋にも、インターネットにも溢れていて、それだけ多くの人の関心があるっていうことなんだろうけど、一方でこれだっていうものがないっていうのは、それだけ難しい、っていうことなんだろうね。

以前、会社の中堅どころを集めてリーダーシップに関わる社外研修を受けたことがあって、自分の中では、モーニングページをやるきっかけになったことを考えるととても重要な研修だったのだけど、内容については違和感があった。なにか違うんだよなあって、その時は思うだけでその違和感が何かっていうことは見えなかったんだけど、最近それについてある解釈をできるようになってきた。

部下を、自分の思い通りになるように強制してはいけない。部下がモチベーションを高められるような接し方をして、自分のファンになってもらおう。そうすれば部下も自ずから、期待する成果をあげられるようになる。

というのが、その研修が言うメッセージの大筋だったと思う。それは分かる。そのとおりだろう。誰だって、上司から不条理な扱いを受けて、やる気を失くしたというような経験をしたことがあれば、そうだよなあと思う。モチベーションが高い時のパフォーマンスも、自分の体験として知っているだろうから、そこを目指す、というのも納得できる。

しかし、それでもやっぱり目的が、自分の思うように部下を動かしたい、ということにあるような気がしてならない。そのためにEQや、コンピテンシーなどというツールを持ちだして、介入の対象が部下のモチベーションであることがすばらしいと言ってみたって、自分の思いどおりにものごとを動かすことができる、という傲慢さがそこにはある。その傲慢さを自覚することができなければ、あるべきこととして自分が言ってることは正しい、という道理から抜け出すことはできない。これは、自分が正しいと思っていることが実は正しくないかもしれない、という不確実性の問題でもない。

つまり、こういうこと。部下がどのようになろうが、結果として何が起ころうが、それは人智を超えたものであって、少なくとも自分が介入できるようなものではないと理解することができれば、自分の思いどおりに人が動いてくれないという事態はそもそもないのだし、現状をもって自分が何をしようかということだって考えることができるだろうなと思っている。