考える場所

ココロとカラダ、思考する全部

頭を使うことはお弁当を作ること

人工知能とかロボットっていう言葉をよく聞くようになってきたなと思う。人間の感情を理解して、とか聞くと、嘘つけって言いたくなる。どういう条件下ならこういうことができるって正確に言ってくれなきゃ、ほんとにそういうことができちゃうんだって思っちゃうよ。インターネットな時代なんだから。それは言いすぎかもしれないなって、書いている人が自覚してもいいと思うんだけど。

そう感じるのは、学生のときに(ちょっとだけだけど)ロボティクスを勉強していたから。ロボティクスって、機械工学はもちろん、材料工学や情報工学なんかも含めた幅広い分野なの。人類がもつ技術の集大成、みたいなところがある。ある研究室では、研究テーマを寄せ集めてマクロスの可変戦闘機バルキリーにつなげる、っていうことをまじめに言ってた。日本人はロボットが好きなんだっていうのはよく聞く話だよね。宗教上なのか文化のことなのか、西洋の人たちはロボットに対して日本人ほど好感をもたないって話も聞いたことがあるけど、詳しいことは忘れてしまった。

自動制御によるマニピュレーション機能又は移動機能をもち,各種の作業をプログラムによって実行できる,産業に使用される機械。

JISでは(産業用)ロボットをこのように定義しているらしい。自動制御とかプログラムっていうのが機械と違うところなんだと思う。ロボットはただ動くだけではないからセンサーがついていて、アクチュエーターで干渉する外界をなんかの方法で計測する。コントローラーが演算して、計測した値をアクチュエーターの出力に反映する。フィードバック制御ってやつだね。

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こういうモデルを人間に当てはめるような理解の仕方をするのって、それが比喩ってものだからそれはいいんだけど、それを転じてしまって同じにするのは行きすぎなんじゃあないかな。身体性っていうのがあって、このからだでもってこのこころがあるとする。このからだを引き離してこのこころだけが存在することって、できないと思うんだよ。だから仮にAIが会話を成したとしても、それが人間の思考を実現したことによるものかって、そんなことはないでしょ。このからだでしか関わりを持てないならそのこころがないとどうして言うことができるのか、って言われたら反論することはできないんだけど、チューリングテストに合格したって、少なくとも作った人には分かるよ。その人だって自分の情動すべてを理解することはできないんだろうし、だったらやっぱり違うってことだよね。

今この時代、ググればなんでも情報を閲覧することができて、ポチれば1時間で欲しいものが手に入る、そういう時代。手間暇をかけずになんでもできてしまうと言っても過言ではないのかもしれない。人類進化の予想で、手足や顎が縮小していって脳だけが発達した、頭でっかちな形相を見たことがあるけど、逆なんじゃないかと思うね。脳からだめになっていくように思う。ネット上の記事の煽り方ってすさまじいものがあるじゃない。「もう失敗しない、、あなたを成功に導くための3つの方法!」だとか、「実は危険!?あなたのやり方は間違っていた!」だとか。うわやばい、と思って見てみればそれらしい答えがそこに書いてあるものだから、正しい、って思っちゃう。そうやって不安を煽られては安堵するために与えられた答えを正しいものにしてしまう。これがSEOです、ってまたそのやり方さえも正当化されちゃってる。この流れは深刻だなと思う場面も身近にあって、頭を使って考えなきゃいけないような会議でさえ、考えるよりも前に「だから何」って言いたそうにしているなって、見ていて分かることがある。簡単に答えを求め過ぎちゃってるし、そうあるものとも、そうあるべきとも考えてしまっている。情報過多で簡略化の流れは頭を使わせない方へ向いてしまっているんじゃないかって思うわけ。さっきのようなモデルで言えば、価値観とインターネットっていうアクターがいて、一方的に価値観を更新していってるような感じかな。そこには身体性もなければ思考すらもない、もうなんて形容してよいか分からない存在にまでなってしまっているんじゃないかって気すらしてしまう。

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確かに、いろんなことができるようになって知識の範囲だってものすごく膨らんでいってるとは思うけど、だからって思考する存在として向上していってるってことにはならない。昔の時代に生きていた人たちが頭を使えない馬鹿だったかって、そんなことはないでしょう。それはただ科学とか技術が未熟だったってだけで。それを手に入れてしまって馬鹿になってるのは、むしろ今の方かもしれない。だから、手間と暇をかけなきゃいけないんだと思う。自分自身にもっと。頭だけで考えるって、人間にはできないんだよ、きっと。そういうありようの可能性はそれこそAIにやってもらったらいいじゃない。

だから最近、なるべく自分でお弁当作るようにしてんだよ。