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Facebookは人を不幸にするのか

Facebookをやめると幸せになれるというレポートが発表されたそうだ。

it.srad.jp

うん、まあ、そういう気はするよねと思いつつスラドのレスを見てみると、統計としての妥当性が議論されている。Facebookをやめる前に観測をしていないから後に観測するだけでは意味がないとか、サンプルが十分に多いからFacebookをやめるグループとやめないグループを観測すればFacebookをやめることによる効果を言うことができるとか。やめてみる期間が短いだとか、数%では誤差レベルだとか。なお、サンプルが1000人以上あるから数%の差は意味があると言えるらしい。統計学を勉強したわけではないから細かいことはよく分らないのだけど。

よく分らないし、レスを書いてる人だって統計学をきちんとやっている人なのとかと疑ってしまうけど、まあ、そうだったとして統計学的にそれが正しいとか正しくないとか突きつめてどうするのって思う。正しいとしたらどうなんだって言うつもりなんだろう。それみたことかやっぱりFacebookは有害でろくでもないツールだったではないか、って言うのかな。そんなこと統計的な結果がなくたって、見栄の張り合いみたいな競争に疲れましたっていう感覚はもっておきたいし、そうでなきゃ、統計的な結果がでたから私は不幸なんです、って、私の幸福感がそういうところから出る、ということがおかしいと思わなきゃいけないんじゃない。そういう価値観、違うかな、ものの感じ方みたいなところまで誰かにそうだって言ってもらわないと自覚することができないって、それは大変なことだよ。

自分の幸福感の話くらい、科学や論理でそうだって表現することができなくても、自分はこうなんですって言えなきゃいけない。アプローチとして科学と論理をやるんですって、まあ自分でそれをやるならまだしも、誰かにいってもらってたらそれ、不自由ってことになるよね。不自由っていうのは自分に裁量がなくて、選択することをしない(できない)ってことで。自分の幸福は自分で責任をもつっていうのが、こういう言い方をしていいのかわからないけど、正しいあり方なんじゃないかな。