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考える場所

ココロとカラダ、思考する全部

コントローラブル

裏切られたという言葉は過剰に期待してしまっていた自分を認めないためのもの。結果的に好ましくない事態・状態・精神になったことの責任が(自分ではない)お前にあると言うことだ。その結果的に好ましくないことというのは自分の感覚によるものであって、誰かによるものではない。期待は正しく悪いのはお前だと言ってしまえば、それ以上先に進むことはできない。およそ外的な要因は自分の人知を超えているから自分の期待を見直す必要が常にある。

外部にまったく無関心でいることはできない。多かれ少なかれ期待はする。そのように外部が振る舞わないことに怯えることはない。人知を超えるとはリスクであること。だから当然あるべき結果だとも言える。そこで顔を真っ赤にしてもものごとは始まらない。外部はどこまで自分の期待どおりに振舞うことができるかを考える。外部の振舞い方に自分の期待を合わせる、とも言える。外部をコントローラブルにするというのは自分を絶対的な存在にすることとはまったく逆のことなのかもしれない。