考える場所

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選択を成す

仕事でもプライベートでも当事者であり続けるのは難しい。当事者であるということは責任があるということ。責任があるということは選択をすること。選択はミッションを果たすための裁量である。仕事であればまだ分かりやすい。成果がミッションである。仕事における成果は明確だからだ。これがプライベートとなると難しい。プライベートにおける成果とは何か。ミッションをどう見ればよいのか。

そうは言っても、いつも仕事に対して前向きでいられるわけではない。成果を求められても裁量が与えられていないかもしれない。あるいは求められる成果が曖昧かもしれない。それを見出すことができないでいるかもしれない。しかしもっとも大きな障壁は、仕事の基本はマゾいという現実だ。成果をアウトプットしても(大いに)褒められることは少ない。一方で少しのミスや進捗の遅れがあろうものなら盛大に叩かれるのだ。良いマネージャがいればそういうことはないかもしれないが。

従って、仕事にしてもプライベートにしても自分で価値をつくりあげるしかない。選択をあるがまま自然に任せてしまってはいけない。それは無意識に選択をしないということだ。成果を外部の枠組みに当てはめるだけでもいけない。それは内心で選択を放棄するということだ。選択をせず無意識に堕落することがないように。意識的な選択を成して向上していけるように。