考える場所

ココロとカラダ、思考する全部

当事者

「職場をこうしていきたい」などと思っている人はほとんどいない。そんな人たちに理念などを掲げて、「理念を作ったから、それをきちんと実行しなさい」と言っても、そもそも関心がないのだからやるはずがありません。
- あなたは「人生の当事者」になっていますか?:日経ビジネスオンライン

なんということだろう。薄々感づいてはいたが改めて言われてしまうとそれなりにショックである。「変えたい」とか「良くしたい」とかっていう感情は自然と沸き上がるものだと思っていた。自分のことなのだから。自分でなんとかするんだって。しかしそれは妄想だったようだ。そうではなかったのだ。ほとんどの人がそこまで思考しないというのが実際なのだ。

人生の多くを費やす仕事である。サラリーマンであればそれは会社を考えることと同じだ。当然関心ごとにならざるを得ないだろう。そう考えるのは間違いだったのだ。認めなければいけない。事実なのだから。それができなければ逆に「はみ出し者」のレッテルを貼られてしまうだろう。

やれよ、ではだめだ。なぜか、が腹落ちしていないのだから。しかしなぜかを一生懸命説いたところで納得されるものでもない。その前に関心をもたせることが必要だ。当事者であると自認させること。責任があるのだということ。すなわち裁量があるということ。つまりコントローラブルな影響力があるということ。それを選択して行使することができるのだということ。

そしてそうすることは気がついた者に責任がある仕事でもある。